税理士になろう!!

税理士

■税理士の歴史

・税務代弁者の発生

明治維新以後しばらくの間、税制は旧慣習によることとされていましたが、版籍奉還・廃藩置県によって旧藩の債務を引き継いだ新政権は財政的な困難に陥り、これを契機として税制の整備がなされるようになりました。
1873年(明治6年)に地租改正条例の公布がなされ、土地所有者が納税義務者となり、収穫力に応じて決められた地価が課税標準とされました。明治初期は国税収入に占める地租の割合が8割を占めるなど、当時の租税は農業への課税が中心でした。
その後、1887年(明治20年)に所得税、1897年(明治30年)には営業税が国税として創設され、徐々に商工業者への課税が税全体に占める割合を高めていきました。
税負担の増加に対して、商工業者のなかには、退職税務官吏や会計の素養がある者に税務相談等を行ったり、申告代理を依頼する者があらわれました。このような税務相談や申告代理が今日の税理士業務の発端ではないかといわれています。

1904年(治37年)の日露戦争勃発で、財政需要が拡大し増税がなされたのに伴ってこの傾向は顕著となり、税務相談や申告代理を専門に行う者も増えました。彼らは税務代弁者あるいは税務代弁人と呼ばれました。
しかし、無資格で業務が行われていたため、専門家として税務をおこなっていた国税従事者(いわゆる税務署OB)、弁護士、計理士(後の公認会計士)の他に悪質なものも税務代弁者として税務を行うことができ問題となりました。

 

・府県令による規制

税務代弁者が増える一方、これらの者の中に、納税者が税についての知識を有していないことに乗じて、不当な報酬を要求したり、税務官庁に対して何ら理由もなく異議申し立て等を提出させるなど税務官庁との紛争を起こさせようとする者があらわれるようになりました。

このような不適格者に対する規制として、大阪府で1912年(明治45年)に府令として「大阪税務代弁者取締規則」が制定され、同じく京都府では1937年(昭和12年)に「京都税務代弁者取締規則」が制定されました。
この規則は、税務代弁者は警察の営業免許を受けるものとし、名義貸し禁止・信用保持義務を課すものであり、地域的な治安維持を目的として設けられたものであったが、問題解決には至りませんでした。


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2016/12/26 更新

 

 

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